東京地方裁判所 平成7年(ワ)735号 判決 1996年8月05日
原告 石原耕一
青木文雄
井口松三
井口正己
日下理
右原告ら訴訟代理人弁護士 鈴木克昌
被告 株式会社あさひ銀行
右代表者代表取締役 吉野重彦
右訴訟代理人弁護士 山本晃夫
高井章吾
杉野翔子
藤林律夫
尾﨑達夫
鎌田智
主文
一 被告は、原告石原耕一に対し別紙登記目録≪省略≫一記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続を、原告青木文雄に対し別紙登記目録二記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続を、原告井口正己に対し別紙登記目録三記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
二 原告石原耕一及び原告井口松三と被告との間において、別紙債務目録≪省略≫一記載の債務を被保証債務とする連帯保証債務が存在しないことを確認する。
三 原告日下理と被告との間において、別紙債務目録一、二記載の債務を被保証債務とする連帯保証債務が存在しないことを確認する
四 原告らのその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 請求の趣旨
1 主文一から三項と同じ。
2 被告は、原告石原耕一に対し三〇〇万円、原告青木文雄に対し三〇〇万円、原告井口松三に対し二〇〇万円、原告井口正己に対し一〇〇万円、原告日下理に対し一〇〇万円及び各原告に対しそれぞれ右各金員に対する平成七年二月一四日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第二事案の概要
一 原告らの請求要旨
原告らは、主たる債務の時効による消滅を理由に所有権に基づく抹消登記請求及び連帯保証債務の不存在確認を求めるとともに、右債務の消滅にもかかわらず被告が連帯保証債務の履行請求ないし根抵当権を実行したことに対し不法行為による損害賠償として慰謝料の支払いを求めている。
二 争いのない事実等
1 本件建物所有権等
(一) 原告石原は別紙物件目録≪省略≫一記載の建物を、原告青木は別紙物件目録二記載の建物を所有している(争いのない事実)。
(二) 原告井口松三は、別紙物件目録三記載の建物を所有していた(争いのない事実)ところ、昭和六一年一月一八日、原告井口正己に対し、譲渡担保によりこれを譲渡し、同月二〇日、所有権移転登記を完了した(≪証拠省略≫)。
2 主債務者の銀行取引契約
(一) 株式会社電算技術開発は、昭和五六年三月二四日、被告との間で、手形貸付けその他の取引について遅延損害金を年一四パーセント(年三六五日の日割計算)とする銀行取引契約を締結した(当事者が明らかに争わない事実)。
(二) 株式会社電算情報センターは、昭和五六年七月一〇日、被告との間で、手形貸付けその他の取引について遅延損害金を年一四パーセント(年三六五日の日割計算)とする銀行取引契約を締結した(当事者が明らかに争わない事実)。
3 連帯保証
(一) 原告日下は、昭和五六年七月一〇日、被告に対し、株式会社電算情報センターが2(二)項記載の銀行取引契約に基づき負担する債務について連帯保証した(≪証拠省略≫)。
(二) 原告石原、原告井口松三及び原告日下は、昭和五九年三月三一日、被告に対し、株式会社電算技術開発が2(一)項記載の銀行取引契約に基づき負担する債務のうち、昭和六〇年三月三〇日までの取引により発生したものについて五〇〇〇万円の限度で連帯保証した(≪証拠省略≫)。
(三) 久保田稔は、被告に対し、昭和五六年三月二四日に株式会社電算技術開発が2(一)項記載の銀行取引契約に基づき負担する債務について、昭和五六年七月一〇日に株式会社電算情報センターが2(二)項記載の銀行取引契約に基づき負担する債務について連帯保証した(≪証拠省略≫)。
4 根抵当権設定
(一) 原告青木は、昭和五七年七月一三日、被告との間で、別紙物件目録二記載の建物について、極度額二〇〇〇万円、債権の範囲銀行取引・手形債権・小切手債権、債務者株式会社電算技術開発、権利者被告とする根抵当権設定契約を締結した(≪証拠省略≫)。
(二) 原告石原は、昭和五八年一二月九日、被告との間で、別紙物件目録一記載の建物について、極度額二〇〇〇万円、債権の範囲銀行取引・手形債権・小切手債権、債務者株式会社電算技術開発、権利者被告とする根抵当権設定契約を締結した(≪証拠省略≫)。
(三) 原告井口松三は、昭和五八年一二月一五日、被告との間で、別紙物件目録三記載の建物について、極度額二〇〇〇万円、債権の範囲銀行取引・手形債権・小切手債権、債務者株式会社電算技術開発、権利者被告とする根抵当権設定契約を締結した(≪証拠省略≫)。
(四) 被告は、右各契約に基づき、別紙登記目録一から三記載の各根抵当権設定登記を経由している(争いのない事実)。
5 主債務
被告は、別紙債務目録記載のとおりの主債務を主張している(当事者が明らかに争わない事実)。
三 争点
1 消滅時効の成否
(一) 連帯保証人久保田に対する確定判決により主債務の時効期間も一〇年に延長されるか。
(二) 時効が完成している場合、原告らの主債務についての時効完成について、原告らが時効利益を放棄しているか、あるいは右時効を援用することが信義則に反するか。
2 損害賠償請求の成否
第三争点に対する判断
一 消滅時効の成否(争点1)について
1 株式会社電算技術開発、株式会社電算情報センター及び被告はいずれも株式会社であり(争いのない事実)、本件各主債務はいずれも五年の消滅時効にかかると認められる。
2 被告は、連帯保証人である久保田に対し、株式会社電算技術開発の別紙債務目録一1記載の債務と株式会社電算情報センターの別紙債務目録二1記載の債務についてそれぞれ連帯保証債務の支払請求として、訴を提起し、勝訴判決を得ており、右各判決は、株式会社電算技術開発の別紙債務目録一1記載の債務については昭和六三年八月六日に、株式会社電算情報センターの別紙債務目録二1記載の債務については平成元年九月九日にそれぞれ確定している(≪証拠省略≫)。
3 消滅時効については、右訴訟上の請求をしている間は請求の絶対効(民法四三四条)により時効は中断しているが、右判決確定の日から再び時効は進行を始め、それぞれ五年後である平成五年八月五日、平成六年九月八日の経過により時効は完成すると解される。
この点に関し、被告は確定判決があった場合、民法一七四条の二第一項により時効期間は一〇年となるところ、右連帯保証人に対する確定判決による時効期間延長の効果は主たる債務者にも及び、時効は完成していない旨主張するが、右一〇年の時効期間の延長の効果はその規定上当該判決の当事者間に生じ、主債務者との関係では時効期間に影響せず(大判昭和二〇年九月一〇日民集二四巻八二頁、東京高判平成五年一一月一五日判時一四八一号一三九頁)、その後五年の時効期間が経過すれば主債務について時効が完成し、連帯保証人、物上保証人ないしその承継者である原告らは右主債務の時効を援用して債務を免れることができると解するのが相当である。
なお、被告が引用する最判昭和四三年一〇月一七日(判時五四〇号三四頁)は主債務者について確定判決があった場合の判例であり、その根拠は民法四五七条一項の保証債務の付従性にあり、また、最判昭和五三年一月二三日民集三二巻一号一頁は手形債務と原因債務との関係についての判例であり、手形訴訟の特殊性に加え当事者が同一の場合であり、いずれも事案を異にし本件に適切でない(その他、最判平成七年三月二三日判時一五二七号八二頁参照)。
4 次に、被告は原告らとの示談交渉等の経緯から、時効利益の放棄ないし信義則違反を主張するが、時効利益の放棄については、放棄の意思表示を認めるに足りる証拠がなく、信義則違反の主張については、本件において援用の対象となっているのは主債務の時効完成であるから、原告らの行為について、主債務が時効により消滅するか否かにかかわりなく保証債務を履行するという趣旨に出たものと認めるべき特別な事情が認められない限り、保証人は主債務者の時効を援用する権利を失わないと解するのが相当であり(大判昭和七年六月二一日民集一一巻一一八六号、大阪高決平成五年一〇月四日、東京高判平成七年二月一四日判時一五二六号一〇二頁、最判平成七年九月八日判タ九〇一号一三頁)、証人野田義人、同湯浅潔及び原告石原本人尋問の結果によっても、本件における原告らの行為はいずれも連帯保証人ないし物上保証人の減額交渉の域を出ず、しかも右交渉は合意に達しなかったと認められ、右特別な事情は到底認められない。
この点に関し、被告は、原告らの主債務者である会社における地位等を問題にするが、原告らと会社との関係が密接であるとするのならば、かえって容易に会社の状況を把握でき、時効中断等の債権管理を行うことができるのであって、被告関係者である証人野田義人及び同湯浅潔の証言によっても、右債権管理に支障がなかったことが認められ、主たる債務者に何らの措置も講じていないことは疑問というほかなく、この点をもって信義則違反を主張するのは、権利の上に眠る者を保護しないとする時効の制度趣旨に照らし疑問というほかない。
なお、そもそも久保田に対する訴訟提起については、証拠(≪省略≫)によれば、被告は、他の金融機関が同人の担保物件を競売にかけたところ、剰余がでる見込みがあったために債務名義を取得するために行ったと推認するほかなく、右判決をもって被告保護の重要の要素とすることはできない。
5 以上によれば、主債務は時効により消滅したものと認められるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの債務不存在確認請求及び根抵当権設定登記の抹消登記手続請求は理由がある。
二 損害賠償請求の成否について(争点2)
1 原告らは、右時効の完成について、本訴における時効の援用以前にも時効の完成を伝えている旨主張し、確かに、株式会社電算技術開発の債務に関しては、原告石原及び原告井口松三が平成六年六月六日に被告渋谷支店において口頭で、原告石原、原告井口松三、原告青木及び原告日下が平成六年七月一三日に内容証明郵便によって、株式会社電算情報センターの債務に関しては、原告日下が平成六年一〇月一三日に内容証明郵便で、それぞれ消滅時効の成立を告げていることが認められ、被告がこれを否定して連帯保証債務の履行を求め、根抵当権を実行に移したことが認められる(≪証拠省略≫)が、前項3記載の、確定判決による時効期間の延長については、もっぱら法的判断の問題であること、最終審の先例的判例は前記のとおり大審院時代のものであること、その後、その解釈については反対説も存在すること(我妻栄新訂民法総則、時効の管理四二頁以下等)、殊更、被告が無権利であることを知りながら権利実行に及んだとまでは認められないことに照らせば、右履行請求及び競売申立をもって不法行為にあたるとまでは認められない。
2 以上によれば原告らの損害賠償請求は理由がない。
三 よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村野裕二)